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銀野舎コラム脳出血 入院記脳出血入院記(7)2022年8月 リハビリ専用棟へ移動
[2023/10/31] コラム脳出血 入院記
脳出血入院記(7)2022年8月 リハビリ専用棟へ移動
 一階のリハビリ専門の病棟へ移動。
 三階の一般病棟で仲良くなった介護士さんと看護師さんに付き添われて、お引越し。本当にお世話になりました。ありがとう。

 リハビリ病棟の看護師さんから、ここでの生活についての説明などを聞く。
 リハビリ病棟では、みんな自分で自由に動いている。僕も車椅子で自由に動く。トイレに行きたくなったら自分で行く。リハビリも時間に合わせて自分でリハビリ室に行く。ご飯は食堂があるけど、今は新型コロナ対策として大人数が集らないように病室に配膳する方式になっている。お風呂は週2回、曜日と時間が決まっていて、自分の病室で服を脱いでバスタオルを体に巻いてお風呂場に行く。分からないことがあったら、自分の判断で勝手にやらないでナースコールを押して看護師さんを呼ぶ。
 僕は自分で自由に動けるのが嬉しくて、病棟の中の色んなものの場所の確認も兼ねて、車椅子でぐるっと散歩してみた。
 みんな元気で雰囲気が違うと聞いていたので、とても楽しみにしていた。


 でも、僕の期待とは全く違った。
 確かにみんな元気で自由に動いているのだが、体は動くけど頭のほうに問題がある人がたくさんいた。というか、ほとんどの人がそんな感じだった。
 リハビリ病棟に来て1時間も経たずにすぐに遭遇したのが、廊下でずっと病院の文句を言っているジジイ。1人で喋っている、ように見える。僕に見えてないだけで話し相手がいるのか。それとも、誰にも見えてないけどジジイにだけ見える話し相手がいるのか。とにかくずっと喋っている。声が大きいので全部聞こえてくる。ジジイが言うには、看護師の自分に対する態度が冷たく、それは暗に「早く出て行け」ということらしい。いやいや、病院に不満があるなら自ら早く出て行けばいいのに。
 優しそうな穏やかそうなジジイもいるが、ここにいる多くのジジイの共通点として、「あー」とか「ふー」とかいう溜息がデカい。話す声よりも溜息のほうが謎にデカい。周りに聞かせる為にわざとデカい声で言ってのか。自分の存在を知らしめたいのか。周りの人に気付いてもらいたくて構われたいのか。
 身体が元気だから余計に面倒だ。

 この病棟の看護師長さんとも挨拶して少し話したが、ものすごく高圧的で無駄に喧嘩腰だった。元気なジジイを制するには、弱みを見せずに高圧的な態度で戦わなければならないのだろう。大変な仕事だ。でも、その態度は僕には通用しないし、僕には必要ないと思うけどね。まぁ頑張ってください。
 病院は所詮、病院だ。三階の一般病と一階のリハビリ病棟で確かに雰囲気は違ったが、決して良い雰囲気になったわけではない。悪い雰囲気の種類が変わっただけだ。


 移動してきた新しい病室は2人部屋で、同室の人は僕とそんなに変わらない年齢だと思う。イケメンで、服装もビシッと格好良くて、病棟の中でも常に小さいカバンを持っていて大きな腕時計をしていて、かなり目立つ人だった。リハビリ室で何度か見掛けたことがあり印象に残ってた。おそらくパーキンソン病と認知症だと思う。本人から聞いたわけではないが、看護師と話している内容やリハビリの内容などから察するとおそらくそうだ。
 看護師さんやリハビリの先生に言われたことを覚えられないようで、同じことを何度も説明されていた。常にスマホとノートを持ち歩いてるのだが、言われたことを忘れないようにすぐにメモする、ということ自体を忘れているのだろう。時間が分からないようで、腕時計をしているのだけどリハビリの時間を忘れたり間違えたりして、リハビリの先生が病室に呼びに来たり、自分で病室を出て行ってすぐに先生に連れられて戻ってきたり、リハビリ室でも「時間が違うよ!」と言われている姿を何度も見かけた。

 夜になり病室の照明が付くと、消灯時間の前でもその人が「眩しくて眠れない」と呟いて勝手に照明を消す。2人部屋で僕もここにいるのだが、僕の存在も忘れているのだろうか。自分でアイマスクを用意したりするつもりは全く無いようた。ここで僕がまた照明を付けると喧嘩になりそうなので、僕は自分で照明を付けないが、見回りの看護師さんが病室に来た時に小声で話して照明を付けて貰う。だが、看護師さんが病室を出て行くと、その人はまた勝手に照明を消す。完全にわざとやっている。これは病気の症状なんだろうか?単に自分勝手で我が儘なだけじゃないのか?どうなんだろう?


 ある日、数名の看護師さんがその人の名前を叫びながら慌てて病室に飛び込んできたことがあった。
 その人が奥さんに「窓から逃げて、死ぬ」と連絡したらしく、奥さんが驚いて病院に電話をかけてきたらしい。その人は「いつも失敗して怒られてばかりで自分が情けない」と言って泣いた。それで看護師さんが必死に励ましていた。
 でも僕から見ると、その人は病室にいる時はいつも寝転がってスマホをいじっていて、頻繁に誰かと電話して話していた。奥さん、子供、友達、働いていた会社の人、等々。病室の中で普通に喋ってるから全部聞こてくる。そしてその人が「ありがとう」「がんばるよ」と言っているのを何度も聞いた。みんなが励ましてくれているのだろう。

 だけど、その人が起きるのはリハビリに行く時と、ご飯の時だけ。そのご飯も「嫌いだから」という理由でいつもおかずを残していた。病室で自主的に身体を動かしたりしているのは一度も見たことない。
 良くなろうというヤル気は全く感じられない。そういう意欲の低下も病気のせいなのだろう。でも、やれることをやっていないくせに「死にたい」とか甘えたこと言ってるんじゃねーよ、って思ってしまう。病気の人への偏見だろう。でも、自宅で奥さんと子供が待っていて励まして貰っているんだから、もっと頑張れよ、って思ってしまう。
 僕は奥さんも子供もいない。誰も待ってない。待ってる人がいることがどんなに嬉しいことか。励まして貰えることがどんなに素晴らしいことか。正直に言って羨ましかった。

 それから数日間、看護師さんが頻繁に様子を見に病室に来るようになって、そして、その人は他の病室に移動していった。窓のない病室に行くらしい。そしてすぐに違う人が入れ替わりで来た。
 移動していった人は、その後も頻繁に間違ってこちらの病室に入ってきた。だけど以前に自分がいた場所には今は他の人がいるので、おそらくそれを見てここじゃないことに気づいて、病室を出て行く。
 そもそも、その人がもっと頑張ろうと思えるようにする為のやり方を病院は努力して考えないのだろうか。自分で間違いに気付かせることも必要なのかもしれないけど、間違い続けることで自信を失ってヤル気を失ってしまうこともあるんじゃないのか。こういう病気の人なんだから、頑張るヤル気を出させることも病院が行わなければならない治療なんじゃないのか。余りにも本人任せ過ぎじゃないか?


 入れ替わりで病室に新しく来た人は、身体の動きは何も問題なく普通に見える。頭のほうも全く問題ないように見える。と思っていたが、何日かするとだんだんと分かってきた。
 気になることが出来るといつまでも引きずってしまうようだ。
 その人は私服を着ているのだが、ある日、看護師さんが間違って病院のパジャマを持ってきたことがあった。何の被害もない軽い間違い。パジャマ持ってこられても「私はパジャマ着てないよ」「ごめんなさい」これだけで終わる話だ。でもその人は「私は自分の服を着てる。病院のパジャマは着ていない。自分の服があるからパジャマは必要ない」ということを何度も繰り返して看護師さんを責めた。しばらく話してその看護師さんが帰ってからも、他の看護師さんが何かの用事で病室に来る度に「私は自分の服があるのにパジャマを持ってこられた」ということを何度も繰り返して話す。看護師さんが来る度に何度も繰り返す。
 この一件があって、あれ?やっぱり普通じゃないぞ、と気づいた。

 ある日、その人は家族からふりかけの差し入れを貰っていた。でも、それが自分の要望より多かったらしく、看護師さんが病室に来る度に「ふりかけが多過ぎる」と何度も繰り返して話していた。ふりかけなんて腐らないし大して邪魔にもならないし、たくさんあっても別に問題ないと思うんだけど。その人にとってはそういうことじゃないらしい。そのうち看護師さんに繰り返して言うことはなくなったけど、その人が病室にいる時にはいつもふりかけを手に持って見つめながら「んー?」と唸る。ふりかけの件は結構長く何日も続いていた。
 だけど病室の外に出ると、そういう姿を全く見せない。全く普通の人で、むしろ普通以上に愛想が良い人。病院内でできたと思われる友達が男性も女性もたくさんいて、あちこちでいろんな人と楽しそうに世間話しているのをよく見かけた。だけど病室の中では、僕と話すことは全く無く、ほぼ一日中ずっと困った顔で首をひねって「んー?」と唸っている。
 何の病気なんだろう。おそらく脳に関する何らかの病気なんだろうけど、人間の脳は本当に不思議だ。
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